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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)2154号 判決

原告

播州信用金庫

右代表者代表理事

中畔義博

右訴訟代理人弁護士

久保田寿一

被告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

大野康平

大野町子

小田幸児

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  乙川一郎と被告が別紙物件目録記載の各山林についてした平成五年二月一七日付け財産分与を取り消す。

2  被告は、別紙物件目録一ないし六記載の各山林についての神戸地方法務局福崎出張所平成五年七月二九日受付第五二六四号及び同目録七記載の山林についての同地方法務局姫路支局同日受付第二九八二七号の各所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成三年八月一三日、丙山二郎(以下「丙山」という。)との間で同人の債務の履行に関し信用金庫取引約定を締結した。

2(一)  原告は、平成三年一〇月二三日、右取引約定に基づき、丙山に対し、弁済期を平成一三年一〇月四日と定めて一七五〇万円を貸し渡した(以下「本件貸付」という。)。

(二)  丙山は、平成五年七月七日神戸地方裁判所において破産宣告を受け、前記取引約定の規定により期限の利益を喪失した。

3  乙川一郎(以下「乙川」という。)は、同日、原告に対し、前記取引約定に基づき丙山が原告に負担する現在及び将来の債務について連帯保証する旨を約した(以下「本件保証契約」という。)。

4  乙川は、平成五年二月一七日、被告に対し、乙川所有の別紙物件目録記載の各山林(以下「本件山林」という。)を財産分与として譲り渡し、これに基づき神戸地方法務局福崎出張所平成五年七月二九日受付第五二六四号及び同法務局姫路支局同日受付第二九八二七号をもって、同各山林につき所有権移転登記を経由した。

5  しかしながら、被告と乙川の離婚は仮装であり、右財産分与は詐害行為である。

6  右財産分与当時、乙川には、本件山林のほかに原告の前記債権を満足させることのできる財産はなかった。

7  乙川は、右財産分与の際右5、6の事実を知っていた。

8  よって、原告は、被告に対し、詐害行為取消権に基づき、前記財産分与の取消し及びこれを原因とする前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実のうち、(一)は認め、(二)は明らかに争わない。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は認める。

5  同5ないし8は否認ないし争う。

三  抗弁

1  錯誤による無効

(一) 乙川は、本件保証契約当時、信用金庫取引約定書(以下「本件約定書」という。)に署名することのみによって保証契約が成立することになるにもかかわらず、具体的貸付ごとに保証人の保証意思確認の手続が取られ、その度に保証印を押捺することにより保証契約が成立するものと誤信していた。

(二) 右誤信は、保証契約の締結手続に関するものであり、被告の意思表示は、その重要な部分に錯誤がある。

2  信義則違反

原告は、次のような事実がありながら、乙川に対し保証債務の請求をするものであって、原告の右請求は信義則に反し、権利の濫用にあたり許されない。

(一) 本件貸付額が一七五〇万円と多額であるにもかかわらず具体的貸付の段階で乙川に対する保証意思の確認が行われていない。

(二) 乙川は、かつて、丙山の別の債務について物的担保を提供したことがあり、その被担保債務を増額する際、本件約定書の連帯保証人欄に署名押印した。右債務は既に弁済により決済され、乙川の保証は実質上目的を達したといえるところ、原告は、右約定書を返還せず、本件貸付に関し利用した。

(三) 本件貸付金の使途は運転資金に充てるためのものではなく、丙山が千代田生命保険相互会社(以下「千代田生命」という。)の生命保険に加入する際の保険料の支払に充てるためのものであった。しかるところ、原告は、本件貸付に際し、丙山が千代田生命に対して有する保険金又は満期返戻金(解約返戻金を含む。)の支払請求権に質権(以下「本件質権」という。)を設定していた。したがって、本件貸付金は、右質権の実行によりすべきであったところ、原告は丙山が倒産状態となった後も漫然と日時の経過するのに任せ、右質権の実行による本件貸付金の回収を怠った。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3について

1  〈証拠略〉によれば、請求原因1の事実が認められる。

2  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)の事実は被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

3  〈証拠略〉によれば、平成三年八月一三日ころ、丙山が原告に対し本件約定書(甲第八号証)を差し入れ、乙川がこれに連帯保証人として署名した事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、請求原因3の事実を認めることができる。

二  そこで、すすんで、抗弁1(錯誤による無効)について判断する。

〈証拠略〉によれば、乙川が本件約定書に連帯保証人として署名する際、原告側から、本件契約が包括根保証であることの説明がなかったことが認められるけれども、右認定の事実によっては被告主張の事実を推認するに足りず、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2(信義則違反)について判断する

1  〈証拠略〉によれば、抗弁2(一)の事実を認めることができる。

2  同(二)及び(三)について

〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。

(一)  丙山、乙川は、いずれも医師であり、丙山は乙川のいとこであった。

(二)  乙川の父は、原告に対し、昭和五九年一〇月、その所有不動産について、丙山の債務のため、極度額四二〇〇万円の根抵当権を設定していた。その後、父が死亡し、乙川は、他の相続人とともに、同人の地位を承継していた。しかるところ、平成三年八月上旬ころ、原告と丙山との間で、当時丙山が負担していた複数の債務を一本化し、新たに原告が丙山に六〇〇〇万円を融資するとの合意がされた。そこで、この新債務を担保するため前記根抵当権の極度額を七五〇〇万円に増額変更することとなり、乙川を根抵当権設定者とする根抵当権変更契約が締結され、その機会に、本件連帯保証契約が締結された。乙川は、当時、右のような経緯から、本件連帯保証契約は、実質上この丙山の六〇〇〇万円の債務を担保する趣旨のものと理解していた。

なお、本件約定書には、乙川の他、丙山の父も保証人として署名していた。

(三) 平成三年当時、金融機関が保険会社と提携して、新規の生命保険締結に際し保険金を融資する形態の取引が行われていた。本件貸付も右の形態の取引によるものであり、本件貸付による貸付金は、丙山を保険契約者とし、千代田生命を保険者とする生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)の保険料の支払に充てられた。そして、本件貸付に際しては、丙山が千代田生命に対して有する保険金又は満期返戻金(解約返戻金を含む。)の支払請求権を目的として原告が本件質権を設定していた。

右のような融資の経緯から、原告としては、本件貸付の貸付金の回収は、本件質権の実行によることを念頭においており、本件質権によって担保は十分であると考えられたので、本件貸付に際し、丙山の父は保証人となったものの、乙川については個別に保証契約の締結を求めることはなかった。のみならず、乙川は、本件貸付がされた事実自体を知らされていなかった。

(四)  その後、平成四年四月に至り、右(二)の丙山の債務(残高約五九一四万円)について、阪神銀行がこれを肩代わりすることになり、同債務は、弁済により消滅し、乙川所有の不動産に設定されていた根抵当権も抹消された。

ところで、本件貸付金については、本件質権が設定されていることで担保として十分であり、また、中途解約しないで置いておくことが丙山の利益であるとの判断から、原告において右肩代わりに際して清算を求めることはせず、原告の貸付金として残すこととなった。なお、この時点でも、乙川は本件貸付金の存在を知らされていなかった。

(五)  丙山は、平成四年七月一三日に第一回目の、同年一一月ころに第二回目の手形の不渡を出し、同年年末には倒産状態となった。

丙山が第二回目の不渡を出した直後、乙川は、原告からはじめて本件貸付金の存在を知らされた。乙川は、同年一二月ころ、原告の担当者の浅見嵩明に対し、本件保険契約の解約処理により、早急に本件貸付金を回収するよう何度か申し入れた。これに対し、浅見は、本件保険契約を解約して本件貸付金を回収しても中途解約となり、五、六〇万円くらいは回収できなくなるので、その分は乙川に負担してもらうことになるかもしれない旨答えていた。

(六)  ところが、原告は、本件質権を実行せず、本件貸付金の回収を見合わせていたところ、平成五年三月二四日、大阪国税局が丙山が千代田生命に対して有する保険金又は満期返戻金(解約返戻金を含む。)の支払請求権を差し押さえた。そして、千代田生命は、同年一〇月七日付けで、原告に対し、本件保険契約を解約処理する旨通知し、本件質権の実行による本件貸付金の回収は不可能となった。

3 以上の事実が認められるところ、いわゆる包括根保証については、保証人の責任が苛酷にならないよう、保証契約が締結されるに至った事情、債権者と主債務者との取引の態様・経過、取引にあたっての債権者の債権確保のための注意義務の程度、その他の事情を斟酌して、信義則に照らし、合理的な範囲に保証人の責任を制限するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件貸付は、本件保険契約の保険料の支払を目的とするものであり、取引の形態は本件質権設定と一体にされたものといえる。そして、原告としては、本件貸付には本件質権が設定されているから、乙川に対して本件保証契約に基づき保証債務の履行を求めることになるという認識はなく、したがって、乙川の保証意思の確認を取らなかったものと推認される。さらに、丙山が手形の不渡を出し、倒産状態に陥った後、乙川から本件保険契約の解約により債権回収するよう求められたところ、原告担当者において、約五〇万円程度の負担は別として、乙川の責任追及をしないかのような説明をしていたにもかかわらず、原告はその後債権回収の具体的方策を取ることなく事態の推移を傍観し、本件質権実行の機会を逸してしまったものである。そうすると、原告としては本件質権の実行により本件貸付金の回収を図るのが相当であったといえ、それにもかかわらず、右質権実行が不可能となるや、本件保証契約に基づき乙川に対し保証債務の履行を求めることは、乙川はもちろん原告自体も本件貸付当時には想定していなかった事態であり、信義則に反し許されないものといわなければならない。

したがって、抗弁2は理由がある。

四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官太田晃詳)

別紙〈省略〉

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